098142 ランダム
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蝉時雨

復楽園はどこだ


日差しが東側からあふれた
物干し竿に白いタオルケットが揺らいで
土のにおいと、草のにおいと、かすかに潮のにおい

坂を上がれば
そこは美しい美しい
愛のターミネーション




復楽園はどこだ




「準さん…あんたなにしてんのォ」
「オレ?夢見てんのユメ」

パンフレットを差し出して、準太は笑った。
利央はじっと目を細めて字面を追う。
夏の…学生…旅行パンフレット…

「…夏は…野球部の練習でしょ…?」
「ああ」
だから夢だっつってんじゃん
しかしいっこも叶わねえってのは、やんなるよなあ
世間でいう17歳なんて遊び盛りじゃねえか
夏祭り、花火大会、海、でもって恋…


「…準さんさァ」
「ああ?」
「まだ、夏は終わってないよ」


「…おれの夏はもう終わった」



夢を本気でかなえようとは思っていなかった
でも夢じゃない望みがあった。
おまえにも、あったろう?







(こんなもんだったけなあ、夏って)







暑くて、熱くて、体中生命力溢れた夏を
おれは一年でいちばん愛していた


(だったら、どうして)
このよのおわりみたいなんだろう






今おれは
生きているけど

今おれは
死んでしまっている気がする

今おれは
野球なんて、好きじゃない。


大好きという気持ちはどういう気持ちだったろう。



一生懸命という言葉を自分は追いかけて
でもその言葉には裏切られてしまって
利央、おまえはなにを信じてるんだよ。
神さまいるなら助けろよ。




「リアリストのくせに、夢なんか見て」
ほんとだよなおれは空想は大嫌いだ

「あげく野球が嫌いとかいっちゃって」
じゃあどうすんだよ、どこにやればいいんだこの

「準さんは全部なかったことにすんの?」
こんな気持ちどこにやればいいっていうんだ


「嘘が苦手なのに嘘つくなんて…よしてよォ、準さん」
そんなあんた見てたくない。
きらいだよそんなあんた。


(おまえの嘘もわかりやすいよ)


日が眩しい。
それを透かすおまえの髪も眩しい。
ここは、俺が愛した場所で、今とても、憎い場所
神さまやっぱいないじゃねえか。




「準さん」
連休になったらどっかいこうよ
「ははっどこへだよ」



(どこまでも、いいよ)



どんなにひどいことをおれに、自分にも言ったとしても
あんたそこから動くこともできないんだろう?
一人じゃ抱えきれないくせに、脆いくせに
どうしてこの人は強いのだろう。



肩を冷やさないような、風邪をひかないような
そんなとこだったらどこへでも連れだしてあげたい。
みんなの前じゃなきゃ、マウンドじゃなきゃ
どんなあんたでもおれは絶対に許すよ。





連れ出して、遠乗りして、たくさんの嘘をきいてやりたい。




















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